歯科の本が1日で300万円も売れた歯科バブル時代
歯科界、歯科業界にもバブルの時代があった。
東京医科歯科大学の当時の教授であった総山孝雄さんが、驚いていた。
開業資金は歯科医師免許を提示すれば、無担保で銀行から多額の融資が受けられた。
その借金は短期間に完済できた。
そればかりではない、自宅兼歯科診療所のほかに軽井沢の別荘も買ったのだ。
「先生、別荘を軽井沢に買いました、一度来てください」と総山教授に教え子の1人が学会で会ったら言ったそうだ。
日本歯科新聞の座談会の終了後の雑談で総山教授が、「開業医たちは、そんなに金を儲けてどうするのか、歯科界はこんなことでいいのだろうか?」と問いかけた。
あれはクラレの新製品が開発され、販売された年だった。
当時は、ジーシー、松風、三金の3大歯科材料メーカーが凌ぎを削っていた。
そこにクラレが新規参入したのだった。
最大手であった歯科卸業者のモリタを通じて販売したことが、クラレにとって幸いした。
基本的には、東京医科歯科大学が開発に関わったことも成功する因となったと思われた。
あの頃、歯学図書出版社も2万円、3万円する高価な本を出していた。
歯科バブル時代、横浜デンタルショーでは、歯科の専門書が1日で300万円も売れたそうだ。










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