「私的な記述」 視力を失っても充実した人生が送れる
「あれ・・・目がよく見えないな」
朝の散歩の時であった。
視力の衰えに加えて、視野が段々と狭くなってきたという。
「片目をつぶってみた。左右の視野を確認した。やはり、錯覚でもなかった。見えない!」
医師から「網膜色素変性症」と告げられる。
絶望にさいなまれる。
40代後半から視力が急に落ち始め、50歳で全盲となる。
若いころから面白くないとテレビをほとんど見ない、読書の日々であった。
本がもう一度読みたいと点字を習う。
さらに、パソコンを取得。
手品を覚えた。
ピアノも始めた。
歌も本格的に習った。
「視力を失っても、充実した人生が送れる」
社会福祉協議会のボランティアセンターから依頼を受け、特別養護老人ホームへも出向く。
童謡や小学生時代を想い唱歌を歌う。
団塊の世代の一人としてが、ボランティア活動に携わると身となる。
「親が遺産を遺してくれて、ホントよかった。感謝している」
自分が失明したら、どのような生活が送れるのか、と考えてみた。
絶望を希望へ転換できるだろうか?
山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)










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