連載 「深化する60代」 続編 (2) 山本嗣信
― 60代までの歩み ―
東京・千代田区平川町の都市センタービルの地下1階に公益事業新聞社があった。
真冬にワイシャツ姿で出社した営業マンの大野さんは、同僚によると競馬にのめり込んでいたのだ。
懲りない男である、再びワイシャツ姿で、「お早うございます」とやってきた。
その日、広瀬社長は遅い出社であった。
大野さんの姿を見かねた編集長の水田さんが、「その姿じゃ、広告取れないよ。2度と競馬はやらない! と誓えるか?誓うなら1万円貸そう」と助け舟を出す。
大野さんは、ずれ落ちたメガネを指先で押し上げて、「誓います!」と編集長のデスク前へ進み出た。
1万円札をズボンのポケットに入れながら、「地獄に仏」とニンマリする。
「本当の地獄に落ちないでね」
社長秘書兼経理の澤田さんは、大野さんに侮蔑の目を向けた。
結局、大野さんはその日を限りに、行方不明となる。
同僚がアパートへ訪ねて行って明らかになったのであるが、家賃を半年も払っていなかった。
大野さんは6年余勤務した会社とアパートから逃避したのである。
「金があればなあ・・・儲けられるのになあ・・・」が口癖であった。
大野さんが消えて、私は公益事業新聞社からスチール製の衝立の向う側の病院新聞社の社員となった。
つまり、広瀬社長は二つの会社を経営していたのである。
私の代わりに、病院新聞社に居た大島さんが、公益事業新聞社に配置転換となる。
人の運命は異なものである。
今、想うに、大野さんが逃避しなければ、「医療ジャーナリスト山本」は存在しなかったであろう。
「山本君を厚生省日比谷クラブへ入会させます」
堀部編集長は広瀬社長に言う。
校正のため赤ペンを握っていた広瀬社長は、「3人も記者クラブ員にする必要はない」と素気ない返事である。
「実は五島君と相談したんですが、広告が少ないので、五島君が営業に転向します。山本君を記者にします」
「そうか。それなら、いいだろう。山本君頑張れ。分かったな。頷くだけか。オイ、返事をしろ! バカ者が!」
雷が落ちた。
京都帝国大学卒、元自治省官僚としての威厳を見せつけた。










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