歯科医療最前線から発信:吉田格(東京)さん
「院長からの視点・論点から医業医療・医業を語る」
元気が出る歯科医院シリーズ(4)
吉田格(いたる)さんの東京・銀座の新しい診療室を訪問した。
吉田さんは昨年8月に日本橋から移転してきた。
日本 歯科大学新潟歯学部を卒業し最初に勤務した医院に銀座の分院があり、その後徐々に銀座常勤になって行った経緯がある。
つまり銀座 へ戻ってきたと言える。
吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリ ニックの開業まで経緯を含めて、吉田さんに聞いた。 ― これまでの経緯について
吉田 12年間勤務医をしてやっと自分なりの形ができてきた なと思った頃、ちょうど日本橋の先輩が診療所を辞めるというので居抜きで買って開業に踏み切った。
そこは狭い歯科診療所ではあったが当初はそれでも充分だった。
と ころが形ができたつもりでいても変化は止まらず、治療の複雑化に
伴い大型の設備(コンピューター・レーザー・顕微鏡) なども増え続け、人の移動にも不便が生じてきた。
また手術環境の 整備やプライバシーへの配慮など時代に合った箱へ転換する必要に も迫られ、8年くらい経ったところで次のステップを模索し始 めた。
― 銀座を選んだ動機は?
吉田 当初日本橋を離れる事はまったく考えていなかったが、現実 がそれを許さなかった。
それこそ数えきれないほどの物件を見て歩 き、ここに決めようと交渉に入った所がいくつかあった。
しかし信 じられないと思うが、それらからはすべて歯科医院だという事だけ
で断られ続けた。
また同じ交渉条件で事務所系と競合すると、オー ナーさんは間違いなく事務所系を選ぶ。
これはどういう事かというと、まず歯科医院は設備が重く内装もいろいろいじる。
床上げして配管をするが、そこから水が漏れたらどうするんだといらぬ心配をする。
200ボルト電源を引くのも嫌 がられた所もあった。
不特定多数の人が出入りし、感染性廃棄物も 出る。
ビルのオーナーさんにしてみれば内装はあまりいじってほし くないし、椅子と机を運ぶだけで済んでしまう事務所系のテナントが好まれる。
これは特に個人のビルオーナーさんに顕著で、歯科医 院に良くない印象を持っている人が多い事を痛感した。
懇意にしている不動産会社とコンサルタントが歯科の方がビルのイ メージがいいからとオーナーを説得してくれるのだが、まったくの 無駄であった。
また同業者と競合し負けたこともあった。せっかくオーナーから気 に入られたにもかかわらず、私が即金500万円を準備できずにまごまごしている間に猛烈な現金攻勢を仕掛けてきた。
この事が オーナーの親会社に知られ、あえなく敗退した。
あちらは大きなグ ループ経営者らしく、一個人の限界を思い知らされた。
このまま日本橋に拘っていたら何時まで経っても移転できないと思 い、同じ中央区で馴染みも深い銀座地区も視野にいれる事にした。
しかしやはり銀座は銀座、賃料は高く困窮することになる。
それでも銀座はテナントの出入りが非常に頻繁で候補はいくつも挙 がった。
しかし結局事務所系に負けてしまう構図は変わらなかった。
ただし銀座は飲食店向けの物件が多く、このような所は最初から内 装をいじる事が前提で貸されるので歯科医院の入居に問題はない。
ところがそのような所は隣がクラブだったり下が焼肉屋だったり で、なかなか条件が合わない。
そんな中、以前から紹介されていた物件の賃料が下がったからもう 一度検討しないかという誘いがあった。確かにリーマンショック以 後賃料も安くなったが、それでも相当高い。しかし何とか手が届く範囲ではあったし、将来の事を考え今ここに決めるしかないと思っ た。
銀座に移転と聞けば凄いなと思われるが、実は苦渋の決断だった。
ー12年ぶりに銀座へ戻ってきた
吉田 時代の流れを感じた。銀座勤務時代の医院はすでに再開発で なくなり、知っている店もほとんど残ってない。
亡くなった方もお られる。
それでもその時代からの患者さんが何名か通っていただけ るのはありがたい話しだ。
不思議な事だが自分は12年周期で動いているようだ。
小学校 卒業まで12年、物心がついて中学・高校・大学で12 年、親元を離れ勤務して12年、その後日本橋で経営的にも独立して 12年経った。
この度また大きな賭けをしたわけだが、次の12年とは 60歳だ。
もしかしたらまた何かが起きるのかもしれない。
―このテナントのスペースは?
吉田 約30坪だ。ここは事務所ではなく飲食店が入る事を前 提に造られている。そのため天井は高く、さらに厨房を想定している部分は排水を考えて最初から床が大きくえぐられている。
そこに 床下配管を集めたので歯科医院特有の床上げをしなくてすんだ。
床 は一部を除いてにフラットなので、天井高も合わせて歯科医院らし くないデザインが可能となった。
1フロア1テナントなのでセキュリティ性も高く、都心にあり がちな長細いスペースではない所も良かった。
そのため念願のケア とキュアを独立させる間取りができた。
すなわち受付カウンター左 が治療を担う「吉田歯科診療室」、右側がケアを主体とする「デンタルメンテナンスクリニック」だ。
残念なのはケア側だけは床上げ をせざるを得なかった事だ。
ほぼ個室化にしたのだが、患者さんのためとは言えやはり管理や運 営はたいへんだ。
エアコンは6台にもなってしまい、電気代請求に恐々としている。
―歯科診療所の特徴は?
吉田 ハードの話ばかりしてきたが、すべてはソフトのため、すな わち「ここでやりたい事がある」という発想から始まっている。
そ れは長期的な視野を持って健康を創造する場にしたいという事でだ。
私は古いタイプであえて専門医に魅力を感じてはいない。
患者さん の口腔を一元管理ができる、なんでも医にやりがいを感じる。
少な くともここに来た方だけには幸せなってほしい、そのためにメンテ
ナンスまでプログラムするわけだ。
言葉としてはおかしいかもしれ ないが、治療の前にすでに予防が始まっていなくてはならないと思っている。
最低でも治療と予防は同時進行で表裏一体、そのため にふさわしい箱(診療室)がやっとできたというところだ。
我々の保健所に登記された正式名称は「吉田歯科診療室デンタルメ ンテナンスクリニック」という長い名前だが、これは予防という診 療科目が法律上認められていないために、合法的に予防を標榜するための策だ。
どんな治療もできてあたりまえ、さらにその先まで考 えたサービスで患者さんの未来をバックアップする体制を整えている。
―スタッフは衛生士が多い
今のところスタッフは全員歯科衛生士だ。全員が臨機応変に受付も するし洗い物もする。これは我々の複雑な診療システムにおいて、 それらにも高い専門性が必要だという判断によるものだ。
特に受付 とはそこでなければ聞き出せない重要な患者情報が得られる場なの
で、決して事務的には済まされない。
初診は私が1時間ほど診て、ある程度問題点を抽出してから衛 生士にバトンタッチするのがほとんどだ。歯科衛生士にはある程度権限を与え、患者の希望を聴きながら治療計画を立ててもらってい る。
コミュニケーションがとれブラッシングなどの下地ができたと ころで私の所に歯科衛生士から治療の依頼がある。私が最終的な医学的判断をしてから治療をするシステムになっている。
もちろんある程度歯が磨けていなければ信頼性のある補綴はできな い、ましてインプラントもホワイトニングもないはずだ。
しかし残 念ながらそれらをすべて省略して施術されてしまっている患者さん
が多い。
我々はそこから一線を画した存在でありたい。
我々の歯科衛生士は全員マイクロスコープ(顕微鏡)が使えるので、リアルタイムで問題点を患者さんに見てもらい理解を 得る事ができる。
現在月に130名前後の患者さんが出入りしているので、歯科衛生士が1人あたり約40名、学校のよう に担任の教師が1クラスを受け持っているような計算だ。
歯科衛生士の役割は、まずその専門性をもってして如何に治療の下 地を作ってくれるかにある。
記録の整理とプレゼンテーション・コ ンサルテーションから治療計画書(治療進行表)や見積 もりの発行、さらには礼状まで書けることが歯科衛生士に求められている。
難しい治療が続くことが多いので、これくらい周りを固め ないといけない。
このように衛生士には近代サッカーの様な柔軟なポジショニングが 要求されている。
すなわち全員受付・全員アシスト・全員TBI だ。
ある意味私がゴールキーパーなのかもしれない。
ただしこれらは個室化による閉鎖性により非常に機能しづらくなった事は否めない。
全員がさらに五感を研ぎすませ、壁を隔てていて も今どこで何が行われており、次に何がされるべきかを常に先読みして行く高い感性が要求されている。
歯科衛生士は専門家である一方、患者の立場を理解し素人目線も 持っていることが重要だ。
オフタイムでの買い物や美容院での出来 事を通し、普段何を考えているかがすべて仕事の質に反映される。
我々が素人感覚を失ったらアウトだ。もちろんこれは行政などどこ にでも言えることなのだが。
―患者を対象としたセミナーを定期的に開いている。またホーム ページで動画を発信しているが、その効果について。
吉田 セミナーは勤務医時代に始めたものだ。歯科治療とは一方的 なものではなく、いかに患者さんと協力関係にあるかで勝負が決ま る。
しかし短い診療時間で多くを伝える事はできず、失敗に終わっ ても不思議でない現状を変えたいと思っている。
そこでまず意識の高い人を集め、同じ気持ちを共有してもらう事で らさらに高い所に行ってもらえればと考えるようになった。
そのような患者さんは本物であり、さらに話を聞いてあげ希望に応えてあげたいと思う。
もちろんメンテナンスで通ってくる患者さんを大切にしたいという意味もある。
一方以前からマイクロスコープから治療を録画をしており、研修や学会発表以外の有効活用を考えていた。現在未編集分を含めると4000編以上もの記録があるが、その中から解りやすい虫歯の治療などを中心にYouTube(動画)に公開し始めた。現在13編の動画を公開しているが、中には1年たらずで6万5000ものアクセスがあったものもあり、たいへん驚いている。
ムシ歯治療に関心が集まっており、もう一編の同様な症例も5万5000アクセスを超えている。ほかの動画が数千アクセスという事を考えると、何かの潜在需要を感じる。
話題が重いのでわざと軽妙な会話を入れ、観血的な治療は除外してあるのが良かったのかもしれない。
ホームページのアクセス解析をすると、検索キーワードでコンポジットレジンや根管治療が上位を占めている事が解った。
一方インプラントでの検索は意外と少なく、これはSEOに大金を投じている同業者に負けているからと判断している。逆に言えば多くの歯科医院で保存治療が軽視されている現状が浮彫りになった。
―今後の課題は?
吉田 たくさんある。まずハードでは、今回内装費などで出費がかさみ、CTの導入を諦めた経緯がある。
しかし現在根管治療の需要が多く、術中CT撮影の必要に迫られている(インプラントのように外注撮影ができない)。経営を早期に安定させ導入しなくてはならない。
しかし何より大切なのは「人」だ。採用は時の運としか言いようがないうえ、教育の時間も少ない。いつの時代も最も大きな課題だ。
コンテンツに関してはまだまだ不十分だ。ホームページはもちろんだが、オープンセミナーのコンテンツを揃え、コンスタントに人が集まれば救われる人も増えるだろう。
これまではずっと保存系の話をしてきたが、そろそろインプラントの話をしなくてはならない。
これは1月のセミナーでする予定だ。インプラントを薦める事だけに一生懸
命な同業が多い事は嘆かわしい。
後々の話を織り交ぜて現実的な話をする一時間にしたい。(「インプラントのすべてがわかる本」を保健同人社から発刊インプラントを正しく長持ちさせるた
めのメンテナンスを中心に書かれている)
―顕微鏡(マイクロスコープ)を用いた治療について。
吉田 これが無ければもう仕事を辞める事を考えていたかもしれないし、移転も発展もなかった。それほどインパクトが大きいのが顕微鏡の出現だ。
これにより患部をただ拡大するだけではなく細部まで明るく照らして診られる、そしてそれをモニター越しに見せたり録画できる。
顕微鏡を用いない肉眼だけによる歯科治療とは、実はちゃんと見えていない状態でしか治療できない。
おおよその見当をつけながら削ったりしているのが実態で、いわば経験と勘の世界だった。今思えば自分自身たいした自信を持って治療をしているわけではなかった事に気がつく。
2002年より顕微鏡を導入しているが、齲食も歯周病も、インプラントも予防もすべての歯科治療の常識を見直さざるをえなくなった。
ところがこれは既に世界では当たりまえのことで、国民には知られていない。日本は行政の足枷があまりに多すぎる事はご存知の通りで、顕微鏡が普及する下地がない。さらに顕微鏡本体も煩雑な輸入・流通経路により諸外国の倍の価格を払わねば入手できない。
これらはもっと問題になっていい。
よく日本人は手先が器用で技術レベルも高い・製品も優秀、なのになぜこれほど口腔内が劣悪なのかと評される。
これは歯科医師・行政・患者すべてが間違っているとからしか言いようがない。顕微鏡 はそれらを白日の下にさらす決定打となる。
―今の歯科界をどう思うか
きわめて歪だ。病人がこれほど多いのに歯科医師過剰と言われるのは、歯科治療とはこの程度で充分という情報操作の結果だ。
つまり国策として歯科の優先順位は低く、国は歯科医師を経済的窮地に追い込んだ。
その逃げ道としてインプラントに手を出さざるを得ない歯科医師が続出し、保存や義歯などの補綴の価値観が急落した。
旧国立系大学が率先して歯内治療専門の講座を廃止したり、開業医に保存を嫌う自称インプラント専門医が増えているのはその象徴だ。
私は今、「モノから行動の時代」に転換しなくてはだめだと思って いる。
戦後モノが人々を幸せにするという歴史の中で育ってきたが、そろそろモノの性能に頼るのではなく、一人一人の行動が良い結果を生む事に気がつくべきだ。すなわち技術評価がない事が問題だ。
レジン充填もインプラントも、失敗を材料のせいにする前に自身の行動を振り返るべきだ。
―若い歯科医師にアドバイスを
吉田 保険診療に固守していてはダメだが、保険の中で腕を磨く事は重要だ。私もそうやってきた。
大学で教わった事を一つ一つ検証するつもりで何にでも取り組み、自身の適性を考えてほしい。
それから患者さんの話をよく聞くことだ。そして何を間違ってこうなったのか、何がそうさせたのか背景を見極めて欲しい。
特にインターネットの普及で中途半端な情報に翻弄されていたり、勝手に治
療方針を決めてきて来院する患者さんが増えているので注意が必要だ。
その一方で、病気になっても何も考えずにタダみたいな金額で治してくれると思っている昔ながらの患者さんも多い。
これは日本の特 殊事情で、その結果どうなっているのかは知られていない。
長生きはできるが終末医療に多くの医療費が投じられているのはその一つ にすぎない。
今までのような考え方をしてきた人は10年後どうなったか、 損をしていることは先人が証明している。
こういう方法ではダメな のだと正々堂々と言えるようにならなければならない。
患者さんの言うことを何でもホイホイ聞く歯科医師は結局ウソツキである事が
ばれ、ダメになっている。
しかし単刀直入では共感は得られない。患者目線で誤りを正しい方に導いてあげられる表現力こそ大切で、これは衛生士の所でお話ししたオフタイムの過ごし方から養われる。
学術とは無関係な部分も大切にしてほしい。私自身それに気がつくのが遅れ、だいぶ回り道をしてしまったからだ。
歯科医師過剰などとんでもない話しで、それは歯科医療が功を奏し病人がいなくなった時に言われる言葉。病気を病気と思わずに無視しようとする考えから脱却すればビジネスチャンスはいくらでもある。








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