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長年にわたり歯科界の動きをチェックし、鋭い視線で切り込みます。茨城県出身。(医科歯科通信)

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創作欄

2012年2 月23日 (木曜日)

創作欄 美登里の青春 続編 3

人の才能は、千差万別である。
運動能力であったり、学問の分野であったり、芸術の分野であったり。
美登里は、自分にはどのような能力があるのだろうかと想ってみた。
父親は地元の農業高校を出て農協の職員となった。
母親は? 美登里は母についてどういう経歴なのかほとんど知らない。
イメージとしては、厚化粧で派手な服装で、地元でも浮き上がっているような異質な雰囲気をもった女性であった。
だが、声は優しい響きで甘い感じがした。
体はやせ形の父とは対照的に豊満である。
歌が上手であり、よく歌ってくれた子守唄は今でも美登里の記憶に残っていた。
美登里は美術に興味があったが、絵が描けるわけではなかった。
美登里が勤める美術専門の古本店には、美術愛好家や美術専門家などが来店していたが、特別な出会いがあったわけではない。
美登里は午後1時に東京都美術館の前で待ち合わせをしたので、15分前に着いた。
すでに多くの人たちが来ていた。
二科会はその趣旨によると「新しい価値の創造」に向かって不断の発展を期す会である。
つまり、常に新傾向の作家を吸収し、多くの誇るべき芸術家を輩出してきたのだ。
絵画部、彫刻部、デザイン部、写真部からなる。
概要によると、「春には造形上の実験的創造にいどんで春期展を行い、秋には熟成度の高い制作発表の場とする二科展を開催しようとするものであります」とある。
美登里が、徹と行ったのは秋期展だった。
徹は美登里より、5分後にやってきた。
スニーカーを履き、上下ジーンズ姿である。
「晴れてよかったね」と徹は笑顔で言う。
美登里は徹の歯並びがいいことに気づく。
夜半から降っていた秋雨は午前10時ごろ上がり、青空が広がってきてきた。
上野公園の銀杏は、鮮やかな黄色に染まっていた。
2人は初めに徹の友人の作品が展示されている彫刻展を見た。
裸体像のなかに、バレリーナ―の彫刻がった。
「これだ」と徹は立ち止まった。
その彫刻は等身大と思われた。
つま先立ちであるから、細く長い足が強調されていた。
乳房はお椀のように丸く突き出ている。
手は大きく広げられていて躍動感を感じさせた。
「いいんじない」と徹は美登里を振り返った。
美登里は頬えみ肯いた。

 

 


2012年2 月22日 (水曜日)

創作欄 美登里の青春 続編 2

宗教とは、何であるのか?
美登里は、ある日突然、同じアパートに住むその人の訪問を受けた。
何時もその人は爽やかな親しみを込めた笑顔で、元気な張りのある明るい声で挨拶をしていた。
美登里はどのような人なのか、と気にもしていた。
「私は、佐々木敏子です。よろしお願いします」と丁寧に頭を下げるので、美登里も挨拶を返した。
その人とは、毎日のように顔を合わせていたが、訪問を受けるとは思っていなかったので、戸惑いを隠せなかった。
「お部屋にあがらせていただいて、いいかしら?」
その申し出に、嫌とも言えない雰囲気であった。
部屋は幸い片付いていた。
「部屋を綺麗にしているのね」相手は部屋を見回して、笑顔を見せた。
美登里はお茶でも出そうかと台所へ向かおうとしたが、その気配を感じて相手は、「突然で、迷惑でしょ。構わないでください」と制するように言う。
美登里は1枚しかない座布団を出した。

相手はその座布団に座りながら、「お仕事は、どうですか?」と聞く。
「まあまあです」としか答えようがなかった。
「あなたは、幸せですか?」真顔で聞かれたので戸惑いを覚えた。
沈黙するしかない。
美登里は、自分が幸せかどうかを真剣に考えてたことがなかった。
「幸せとは、何だろう?」沈黙しながら、美登里は頭を巡らせた。
気押されるような沈黙の時間が流れた。
相手は美登里をじっと見つめていたのだ。
「私たちと一緒に、美登里さん幸せになりませんか?」
佐々木敏子は結論を言えば、宗教の勧誘のために訪問してきたのだ。
「明日の日曜日、どうでしょうか? 時間があればお誘いします。私たちの集まりに出ませんか?」
美登里は、徹から「二科展へ行かないか」と誘われていた。
「明日は、用事があります」と断った。
「残念ね。それではまた、お誘いするわ。是非、集まりに来てくださいね」
その時の敏子はあっさりした性格のように想われた。
そして、小冊子を2冊置いて行く。

小冊子を開くと聖書の言葉が随所に記されていた。

 


 


創作欄 美登里の青春 続編 1

「人はなぜ、狂うのか?」
美登里は考えをを巡らせたが、答えが見つかる分けではなかった。
「心も風邪をひく」そのように想ってみた。
中学生のころ、夜中にうなされて目を覚ましたら、父が枕もとに座っていたのだ。
頭に手をやると冷蔵庫で冷やした手拭いが額に乗っている。
「39度もあった熱が、37度に下がったよ」と父親が微笑んだ。
「何も覚えていない」
心がとても優しい父親は寝ずにずっと枕もとに座って、1人娘である美登里を看病していたのだ。
嬉しさが広がり、美登里は深い眠りについた。
母親は美登里が小学生の頃、美登里の担任の教師と深い関係となり、噂が広がったことから狭い土地に居られず家を出た。
妻子が居た教師は学校を辞め、千葉の勝浦の実家へ帰った。
母親は2年後、家に戻ってきたが再び姿を消すように居なくなる。
美登里は子ども心に、母親が何か精神を病んでいるようにも見えた。
母親は化粧も濃く相変わらず派手な姿であったが、深く憎んでいたその姿が美登里にはとても哀れに想われたのだ。
美登里は性格が父親似で穏やかであり、ほとんど人と喧嘩をした記憶がない。
高校卒業後の進路をどうするか?

地元で働くか都会へ出るか迷っていたが、会社勤めに何か抵抗があった。
組織に馴染めないと思われたのであるが、結局、美登里は高校を卒業すると、東京へ出ることにした。
父親の弟が、東京の神保町で美術専門の古本屋を営んでいたので、美術に興味があった美登里は叔父の勧めるままに、その店で働くことにした。
19歳の時、美登里は区役所で働いていた徹と出会ったのである。
九段会館の屋上のビアホールで夏だけアルバイトをしていた。
徹は客として区役所の同僚ち3人とビールを飲みに来ていた。
ある夜、美登里は帰りの電車の中で偶然、徹と隣合わせに座っていたのだ。
美登里の視線を感じた徹が、本から目を美登里に転じた。
「ああ、偶然だね。君は九段会館で働いていたよね?」
「ハイ」
美登里は相手の爽やかな笑顔に戸惑い、恥じらいで頬を赤らめた。
それまで男性と交際した経験がなかったのだ。
「ここで、偶然会ったのも何かの縁。今度の日曜日、上野の二科展へ行かない? 僕の友だちが作品を出展しているのだ」
「二科展ですか?」
想わぬ誘いであった。
「行こうよ。今度の日曜日午後1時、東京都美術館の入り口で待ち合わせよう。待っているからね」
下北沢駅で電車が停車したので徹は立ちあがった。
人波に押し流されるように徹は降りて行く。

 

 

 

 

 


2012年2 月21日 (火曜日)

創作欄 美登里の青春 7

松戸の裁判所での初公判の光景は、美登里にとって衝撃的であった。
傍聴人は男性が2人、女性は美登里を含めて3人、地元の千葉の新聞社など報道関係者が2人であった。
表面の扉が開き裁判長らが入廷して、全員が起立した。
そして、右側の扉が開き、手錠、腰縄の姿で刑務官に先導されて峰子がうな垂れて入廷してきた。
席に着く前に、峰子の手錠、腰縄が外された。
峰子はうつむいたままで、一度も傍聴席に目を向けることはなかった。
美登里は濃紺の地味なスーツ姿であり、化粧もしていなかった。
初めに検事が詳細に罪状を述べた。
それから国選弁護人が医師の診断書に基づき峰子の弁護をした。
峰子は犯行半年前から地元松戸市内病院の精神科に通院していた。
さらに、東京・四谷に住んでいた時には、信濃町の大学病院の精神科にも通院していた。
弁護士は、犯行時に峰子が心神喪失状態であったと主張した。
裁判官3人が顔を見合せながら言葉を交わしていた。
そして、裁判官が、「次回公判は3月24日、火曜日、午前11時、それでいいですか」と弁護人に尋ねた。
弁護人は、手帳を確認してから、「結構です」と答えた。
裁判所を出て、美登里は前回と同様に本とチョコ―レートとバナナを差し入れるために、拘置所の所定の店へ行った。
その店で美登里は、暴力団員の三郎に再会した。
「親分の裁判が、午後1時にあるんだ」と三郎が言う。
美登里は罪状は何だろうと思った。
拘置所へ行くと三郎が「ねいさん」と呼ぶも米谷明美が居た。
「2週続けて、拘置所に来るなんて、あんた、偉いね」と明美は微笑んだ。
明美はこの日のは和服姿ではなく、豊か胸が大きく開いた花柄模様のワンピース姿であり、妖艶な感じがした。
明美は39歳であり、19歳の息子が居る母親の姿とは思われない。
明美は和服姿の時は髪をアップにしていたが、この日は長く髪は下ろしていたので、若く見えた。
美登里は、後楽園スタジアムでのボクシングの試合の観戦に誘われ、チケットまでもらったのに、その試合に行かなかったことを明美に謝罪した。
「いいよ。気にしなくとも。息子は判定で試合に負けた。あの子は性格が優しいから、ボクシングに向いてないかもしれない。攻めきれなかった」
美登里は、どのように言うべき分からずうなずいた。
美登里はその日、休むわけにいかず、午後から病院の勤務に向かい、その日は午後8時まで残業をした。

 


2012年2 月19日 (日曜日)

創作欄 美登利の青春 6

「私の名前は、米谷明美。あんたと拘置所で会うなんてね」
和服姿の女性は名乗ると頬だけで笑った。
大きな瞳は人を射るようであった。
厚化粧で隠されていたが、左頬にナイフでの切り傷があった。
「お茶、ご馳走するから、私の店へ寄っていって」
松戸駅が近くなった時、米谷明美が美登利を誘った。
深く関わりたくない人たちであるから、美登利は断ろうとしたが、言い出せなかった。
松戸駅の傍のデパートの裏側の道路に面したビルの1階にその店はあった。
男二人は店の前で米谷明美たちを降ろすと走り去って行った。
後で知ったのであるが、広域暴力団S連合箱田組の男たちであり、組事務所は新松戸駅から歩いて10分ほどの商店街沿にあった。
明美の店の名前は、「パブ新宿」。
夜の営業時間は午後7時から午前2時までであった。
午前11時から午後5時まで軽食喫茶店として営業されており、女子高校生たちの溜り場となっていた。
「私ね。高校生の頃は、東京の新宿歌舞伎町で遊んでいてね。今は流れ流れて松戸。この店ご覧のとおり、女子高生が多いでしょう。私と波長は合うのね。彼女たち私に色々相談ごとするの」
女子高校生たちを見つめる明美の瞳が優しくなった。
「窓際に居るあの声が大きい子、スケ番なの。昔の私のよう」
美登利はその女子高校生を見た。
よく動く大きな目が特長で、明美のように人を射るような輝きをしていた。
20歳で子ども産んだ明美には19歳の息子がいた。
フェザー級のプロボクサーであった。
「今度の土曜日、午後7時に後楽園ホールで試合があるの。来てね」
明美はチケットをカウンターのテーブルに置いた。
美登利はコーヒーカップを置き、そのチケットを手にした。
ボクシングの試合を見たことがなかった。
「ボクシングですか? 試合見るの、怖くありませんか?」
美登利は病院の医療事務職であるが、血を見るのは苦手である。
明美は肉弾がぶつかり、激しく打ち合う迫力に血がたぎる思いがして、試合にはいつも興奮した。
美登利は断りきれず、後楽園ホール行く約束をして明美の店を出た。

 

 

 


創作欄 美登利の青春 5

拘置所の面会室は、3人も入れば一杯といった感じであった。
美登利が席に着いたと同時に、扉が開いて女性の係官に先導されて、峰子が姿を現わした。
ガラスの窓越しに見た峰子は、一瞬、笑顔を見せたが、直ぐに涙を浮かべた。
化粧をしていない峰子の頬は青白く、目の周囲は赤く泣き腫らしたままであった。
小さな丸い穴があいたプラスチック製の窓越しに二人は相対した。
「来てくれて、ありがとう」
美登利は黙ってうなずいた。
「来週の火曜日に、初公判があるの。来られたら来てね」
「火曜日なのね?」
「午前中なの」
面会時間は約20分。
峰子の背後に座る係官が二人の会話をメモしていた。
「私のこと、驚いたでしょ」
「驚いたわ。私、新聞読んでいないの。それにテレビもあまり見ていないし、峰子のことは手紙をもらって初めて知ったの」
「そうなの。何も私のこと知らなかったの? 誰かに聞かなかったの?」
峰子は思い出したのだろう、肩を震わせて泣いた。
頭を深く垂れたので長い髪が顔を覆った。
抑えた嗚咽がいかにも悲しい。
美登利は峰子が哀れれに思われ、咽び泣いた。
そのまま、暫く時間が経過した。
あれを言おう、これを言おうと電車の中で思っていたが、美登利の頭は真っ白になった。
特に美登利は、自分が信奉している宗教の教えを峰子に伝えようとした。
係官はペンを止めて二人の姿を冷やかに見ていた。
やがて面会終了の時間が告げられた。
「頑張ってね」
扉の向こうに峰子が姿を消す瞬間、美登利は声をかけた。
峰子はラフな水色のジャージ姿であった。
美登利が3番の面会室の外へ出るとほとんど同時に、和服姿の女性たちも5番の面会室を出てきた。
「あんた、松戸駅まで行くんだろう?」と背後から声をかけられた。
「はい、そうです」
美登利は振り向いて和服姿の女性を見つめた。
「駅まで車で送って行っておげる。遠慮はいらないよ」
強引な言い方であった。
美登利はうなずく他なかった。
「三郎、車を玄関によこしな」
「ハイ、ねいさん。直ぐに車とってきます」
三郎と呼ばれた男が駐車場へ走り出していく。
もう1人の男は、紙袋を抱え和服姿の女性の背後に立っていた。

この男も角刈り頭で三郎ほど背丈はないが、がっしりとした体形である。
「孝治 今度の公判は何時と言っていた?」
「親分の後半は、来週の火曜日、午後1時です」
「そうだったね」
和服姿の女性が玄関の外でタバコをくわえると、男が素早く脇からライタを取り出した。
間もなく、拘置所の玄関の外に黒塗りのベンツが横付けされた。
男二人が前の席に乗り、美登利は和服姿の女性の隣に座った。
「面会の相手は、誰なの?」
和服姿の女性は横目に美登利を見た。
「友だちです」
「男だね?」
「女性です」
「女? 罪は?」
前の席の男二人が背後に目を転じた。
「親子心中です。子どは亡くなり、友だちは死ねなかったのです」
「そうかい。じゃあ、殺人罪だね」
和服姿の女性は眉をひそめた。

 


 


2012年2 月17日 (金曜日)

創作欄 美登里の青春 4

「頑張れ」
励ましは、確かに重荷になる場合もあるだろう。
だが、真意が伝わるのなら、その励ましは背中を押す力になるはず。
真意が伝わりにくい世の中げもある。
善意が、悪意に捉えられることもあるだろう。
人間関係の微妙さである。
美登里は、病院の勤務を休んで峰子の面会へ千葉県の松戸市内にある拘置所へ向かった。
そこは、まったく無縁な場所であり、1人で行くことに不安も覚えた。
本3冊とチョコレートを差し入れるため、前日それを買い求めた。
駅前の交番で拘置への道順を聞いた。
中年の警官が親切に教えてくれた。
椅子に座る若い警官はしげしげと美登里に視線を注いでいた。
教えられた女学校が右手に見えた。
それから公園を抜けた時、母子の姿を見た。
母親はどこか峰子に似ていた。
そして、3歳くらいの女の子を見て、峰子がどのような形で我が子を殺したのかを想ってみた。
拘置所の手前に小学校があったことは、意外だった。
受付で吉田峰子に面会に来たことを告げた。
用紙に面会する峰子の名前を書き、友人 佐々木美登里と記入、住所欄も書いた。
差し入れの包を出したら、「本は差し入れられますが、食べ物はだめです」と係りの人が言う。
「これはチョコレートなのですが、だめですか?」美登里は心外に思った。
「規則です。食べ物を差し入れたければ、所定の店で購入してください。外へ出て50メートルくらい先の右側に店はあります」と言われた。
待合室には和服を着た女性と目つき鋭い男が2人居た。
「あんた、初めて面会に来たんだね」
和服姿の女性が声をかけた。
「そうです」
美登里は改めて女性の顔を見た。
厚化粧であり、普通の女性には見えない。
髪をアップにして粋な感じがした。

30代後半の年ごろであり、顔は綺麗な感じがしたが、どこか異質である。

大きな瞳は人を圧倒するようで、押し出しの強さが漂っていた。

「三郎、案内してやりな」と女性は顎で若い男を促した。
椅子から立ち上がった男は、180cm以上背丈があった。
角刈りで高校生のようにも見えたが、目つきが鋭い。
「おねいさん、何処から来たの」
突き刺すような目とは裏腹に、声は意外に優しかった。
「川崎市の登戸からです」
「登戸? どの辺?」
美登里は男の大きなスニーカーに目を落としていた。
自分の靴の倍くらい大きい。
「小田急線の登戸駅から来ました」
「そうなんだ。遠くからきたんだな」
若者が笑うと白い歯が見えた。
歯並びがいいなとそれを見た。
店のガラス扉を男が開けてくれた。
店は2坪くらいで狭く、果物、菓子、下着を含めて日常雑貨製品が棚に収まっていた。
60代と思われる男性が店番をしていた。
チョコレートとバナナを買った。
それを店の人がケースに収めた。
ケースごと峰子宛に店から届けられる仕組みだった。
面会室は5つあった。
美登里は3番の札を渡された。
着物姿の女性と男性2人は5番。
1番、2番は面接中。
男はたちは、ほとんど無言であった。
どのような人たちなのだろう?
美登里は気にした。
そして、峰子と面会したら、どのような言葉をかけようかと考えた。
「頑張って」と言うべきか?
峰子は泣くだろう、自分も泣くに違いない。
美登里はバックからハンカチを取り出した。

 


 


2012年2 月15日 (水曜日)

創作欄 美登里の青春 3

あれから3年の歳月が流れた。
それは24歳の美登里にとって、長かったようで短かったようにも思われた。
徹と別れたが、気持ちを何時までも引きづっていたことは否めなかった。
美登里の当時の職場は、徹の職場の九段下に近い神保町。

美登里の伯父が経営する美術専門の古本店であった。
現在の職場は、東京・新宿駅の南口に近い国鉄病院(現JR病院)の医療事務である。
その日、小田急線登戸駅沿いのアパートへ帰り、ポストを確認すると茶封筒があった。
裏を返すと友だちの峰子の手紙であった。
お洒落な封筒を好む峰子が、何故、茶封筒なのだろう?
美登里は部屋の灯りの下で、着替えもせず封を切った。
「ご無沙汰で、このような手紙を書くのを許して。私は今、千葉県松戸の拘置所の中にいるの。会いに来てね。その時、何か本を差し入れてね。それから大好きなチョコレートが食べたいの。それもお願い、差し入れてね。私は3歳の娘と心中したのだけれど、娘だけが死んで私は生きてしまったの。死ねばよかったのに、何という皮肉なの。待っています。必ず会いに来てね」
美登里は息を止めたままその手紙を読んだ。

想像はどんどん拡がっていく。
情報が乏しい中で頭を巡らせながら、何度も立ったまま手紙を読み返した。
美登里は新聞を購読していない。
テレビもあまり見ない。
峰子のことは、当然、マスコミで報道されただろう。
美登里は段々頭が混乱してきた。
思えば徹との問題で峰子に相談したことがあった。
「焦ることが、一番、いけない。時間が解決すると言われているわね。今は美登里にとって冬なの。冬は必ず春となる。そうでしょ、自然の摂理でしょ」
あの時、峰子は言った。
そして、妻子のある徹との別れは、意外な展開でやってきた。

 


2012年2 月14日 (火曜日)

創作欄 美登里の青春 2

人には、色々な出会いがあるものだ。
美登里は、徹と別れた後、思わぬところで男と出会った。
小田急線の下北沢駅のベンチに座っていると、新聞を読みながら男が脇に座った。
横顔を見て、「ハンサムだ」と思った。
ジャニーズ系の顔だ。
男は視線を感じて、美登里に目を転じた。
「こんにちわ」と男が挨拶をして、ニッコリと微笑んだ。
女の心をクスグルような爽やかな笑顔である。
「女の子にもてるんだろうな」と想いながら、美登里も挨拶をした。
「君は、競馬をやるの?」
男は新聞を裏返しながら言う。
甘い感じがする声のトーンであった。
「競馬ですか? やりません」美登里は顔を振った。
「明日はダービーがあるんだ。一緒に府中競馬場へ行かない?」
赤の他人からいきなり意外な誘いを受けた。
21歳の美登里は、妻子の居た37歳の徹が初めての男であった。
目の前に居る人物は、徹とはまったくタイプの違う20代と思われる男だ。
「あなたと初対面だし、競馬をやらないので行けません」美登里は断った。
「そうか、残念だな。もし、来る気になったら、内馬場のレストランに居るから来てね。競馬仲間とワイワイやっているから」
美登里は愛想笑いを浮かべて、うなずいた。
男が読んでいたのは、スポーツ新聞の競馬欄だった。
急行電車が来たので、それに乗る。
徹は美登里の存在を忘れたように、新聞に埋没していく。
美登里は登戸駅で降り時に、脇に立つ男に挨拶をした。
「お会いできて、光栄です」控えめな性格の美登里自身にとって、想わぬ言葉が口から出た。
「ではね」
男は爽やかに笑った。
「また、何処かで出会うことがあるだろうか?」美登里は電車を見送った。
男は新聞に目を落としたままであった。
美登里は徹との別れを苦い思いで振りかえった。
最後は痴話喧嘩となった。
徹は美登里の気持ちを逆撫でにした。
徹は妻が妊娠していることを、無神経にも美登里に告げたのだ。
「そんなこと、どういうつもりで、私に言うの」
徹はバツが悪そうに沈黙した。
「この人は、都合が悪いと黙り込むんだ」
美登里は徹が風呂に入っている間に、怒りを込めたままホテルを出た。
渋谷のネオン街全体が、美登里には忌々しく想われた。

 

 

 


2012年2 月13日 (月曜日)

創作欄 鼻息だけは強かった専門紙の同僚の真田

「心の中に何か抑圧があるのでしょ。でもそれが、どんな形で作品に表われるのか自分ではわからない」
田中慎弥さんが読売新聞の「顔」の取材で述べていた。
芥川賞受賞作が20万部に達し反響を呼んでいる。
徹は記事を読んで、昔の専門誌時代の同僚の真田次郎を思い出した。
真田は小説を書いていた。
だが、作品をどこにも発表していないと思われた。

「この程度の作品で芥川賞なんか、来年はわしが賞を取ったる」
真田は鼻息だけは強い。
「谷崎の文体、三島の文体、志賀の文体、川端の文体どれでも書ける。今週の病院長インタビューは、三島の文体でいくか」
文学好きの事務の渋谷峰子はペンを止めて、真田に微笑みながら視線を送った。
徹は峰子が真田に恋心を抱いていることを感じた。
現代流に言うと真田はイケメンで、知的な風貌をしていた。
そして、声は良く響くバスバリトンで、声優にもなれるだろうと思われた。
特に電話の声には圧倒された。
徹は学生時代を含め、真田のような美声に出会ったことがない。
声優の若山弦蔵の声にそっくりなのだ。
真田は憎らしいほど女性にもてる男で、夕方になると女性から会社に電話がかかってきた。
「真田、たくさんの女と付き合って、名前を間違えることないいんか?」と編集長の大木信二がやっかみ半分「で言う。
「ありませんね」真田は白い歯を見せながら、朗らかに笑った。
「お前さんは、その笑顔で女をたらしておるんだな。俺に1人女を回さんか」
冗談ではなく、大木の本気の気持ちである。
真田は大木を侮蔑していた。
「大木さんは新宿2丁目あたりで、夜の女を相手に性の処理をしておる。不潔なやっちゃ。金で女を買う奴はゲスやな。徹は性はどうしておるんや」
露骨に聞いてきた。
真田はそれから3年間、どこの文学賞も取らなかった。
そして、反動のように女性関係をますます広げていった。

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<参考>

若山 弦蔵(わかやま げんぞう、1932年9月27日 - )は、日本の男性声優、俳優、 ナレーター、ディスクジョッキー。

フリー。 ... 1973年より1995年までTBSラジオ『若山弦 蔵の東京ダイヤル954』(当初は『おつかれさま5時です』)のパーソナリティーを務めた。