震災の日
2時46分、私は社員とセミナーについての打ち合わせをしていました。
ドーンという大きなたて揺れ、そのあとの激しい横揺れが来た。直感的によくある地震とは違うと思った私は、次の瞬間、私は3階の事務所を飛び出し、1階へ激しく揺れる階段をフラツキながらなんとか降りた。
とっさに思った「1階の入り口の扉を開けなければ・・・逃げられなくなる」その思いが私を一階へと向かわせたのだった。
入口の扉を開けることのできた私は「これは、大変なことになる」。
早く、お客様と社員を避難させなければ・・・
次に、私は揺れが激しくなる中、ビルの裏手にまわり外階段から3階まで一気に駆け上った。
裏扉を開けた時、倒れる書棚を支える社員、ボー然とたちすくす社員、携帯で実家に連絡をするお客様・・・が居た。
全員に早く、ビルから避難するように指示して、表階段、裏階段からの誘導をし、南流山の駅前広場に皆集まり無事を確認した。
寒風吹きすさぶ中、大きな揺れは、1時間くらい続いたと思う。初めて、大地が揺れるのを目の当たりにした。
駅前の広場には、みるみる内に人があふれ、まるで何かのイベントがあるような様相を呈していた。
それからは、皆さんと同じです。
当社は、今回の地震で亡くなった方々へのご冥福と、被災された方へのお見舞いを申し上げるとともに、当社としてできうる限りの支援をしていきたいと思っています。
2012年3月11日は日本国民にとって忘れなれない日となりました。
それは、家族、友人、愛する人を失った日として
1000年に一度という未曽有の恐怖を感じた日として
先行きの不安におののき、すべての希望を失った日として
世界中からの応援メッセージをもらった日として
自らできることから、やろうと決めた日として
支えあうことの大切さをかみしめた日として
人生を考え直す機会を得た日として
そして、生きていることの喜びを噛みしめた日として・・・・。
さらに、今回の震災はいろんな意味で日本人を目覚めさせていると思います。
例えば、震災にあたっての日本人の冷静さ、助け合い、規律正しさは世界に誇れる社会資本(ソーシャルキャピタル)であることを自覚させてくれました。また、混迷の中で自分探しに明け暮れていた若者が新たな日本を創っていこうという意欲の根源にもなっているます。
また、当社を含め様々な経済活動がが一刻も早く通常の業務もどることこそが我々に与えられた責務と感じています。
自然のなかで人間は無力な存在かもしれませんが、一人ひとりが最大限の努力をすれば必ず復興できる。私は、そう信じています。





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